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福島家庭裁判所 昭和40年(家)1242号 審判 1965年4月28日

申立人 大田トク(仮名)

相手方 大田松男(仮名) 外二名

主文

当裁判所が昭和三九年(家)第三〇一六号扶養事件について昭和三九年一〇月二三日なした審判を次のとおり変更する。

相手方大田正男は、昭和四〇年五月以降申立人を引取つて扶養し、その扶養期間中申立人に対し毎月末日限り同人の生活費として相手方大田松男は金四、〇〇〇円宛、相手方大田辰男は金二、〇〇〇円宛をいずれも申立人方に持参又は送金して支払うこと。

理由

本件申立の要旨は、主文に掲げた審判によると、相手方大田辰男は申立人を昭和三九年一一月一日から引取つて扶養することとし、その期間中相手方大田松男は申立人に対し、飯米として毎年粳精米四斗入三俵と調味料として必要なだけの味噌を供給し、ほかに生活費として毎月末日限り二、〇〇〇円宛を支払うことになつておるのであるが、申立人の予想に反し、相手方辰男は申立人の引取りを拒んで入居を肯じないので、折角の審判も実現のはこびに至らなかつた。申立人には男の子三人と女の子二人あり、相手方松男が長男、同辰男が次男、同正男が三男であつて、女の子は他家に嫁いでおり、農家のしきたりとして申立人は本来ならば夫死亡後家業を受け継いだ長男松男の世話になるべきであるかも知れないが、同人からつらくあたられた過去のいきさつに照し、どうしても長男のもとには戻れない。またあてにしていた次男も引取つてくれないとすれば、他家に嫁いだ娘の世話になるわけにもゆかないので、結局三男正男の世話になるよりほかに方法はないのであるが、幸い正男は申立人を引取つてくれると言つておるので、止むなく同人の世話になる積りである。しかし同人には全然財産を分与してやらないし、少しも生活に余裕がないので、相手方松男から五、〇〇〇円宛、相手方辰男から三、〇〇〇円宛を毎月支払つて貰いたいので、本申立をしたというのである。

案ずるに申立人大田トク、相手方大田辰男及び同大田正男各審問の結果ならびに前件昭和三九年(家)第三〇一六号記録中の戸籍抄、謄本、調査官青木保の調査報告書によると、上記申立のような事情により前件審判によつてきまつた申立人に対する扶養関係は変更しなければならなくなつたものであるが、幸い申立人の三男である相手方正男において申立人を放つておくわけにはゆかないから同人を引取つてもよい旨述べており、ただ相手方正男は○○製作所に工員として勤め、収入は妻の内職によるものも含め一個月二九、一〇〇円前後で、ほかに賞与として一個年計六〇、〇〇〇円程度支給されるに過ぎないので、この収入ではアパートの六畳二間を借受けて妻子二人との生活を維持してゆくのに精いつぱいであつて、全然余裕がなく、従つて、申立人の生活費は、兄の相手方松男、同辰男から仕送つて貰わなければならない状態にあること。

ところで相手方松男は農業を営む傍ら出稼をしており、耕作農地は田は八反八畝位、畑は四反七畝位で年に米六〇俵位とその他のものを生産し、米四五俵位を供出しておるが、借財があるので、家族五人(妻は昭和三六年一月死亡し、一七歳をかしらに子供四人おる)の生活は楽なものではないこと。他方相手方辰男は田五反歩と畑一反歩を耕作する傍ら○○製作所に板金工として勤め、日給七〇〇円を得ており、妻も農事のひまな折農家の手間取りをしており、夫婦と子供二人の四人暮しであることを認めることができるのであつて、以上認定によれば、相手方正男が申立人を引取つた場合、同人の生活費として相手方松男は毎月四、〇〇〇円程度、相手方辰男は同様二、〇〇〇円程度を支出することは可能であり、子として親に対しその程度の支出をなすべき義務があると言わなければならない。なお相手方正男において申立人を引取ることになると、相手方松男らとの距離が遠くなるので、申立人に対する生活物資の現物支給は困難となる。ところで申立人審問の結果によると、月に六、〇〇〇円あれば最低限度の生活を維持することが可能であり、現在他家に住込んで炊事の仕事と子守をしておるのであるが、老齢に達したため働くことは容易でなくなり、早く息子達の世話になりたいと述べておるので、本年五月以降相手方正男は申立人を引取つて世話することとし、その期間中申立人に対し毎月末日限り同人の生活費として相手方松男は四、〇〇〇円宛、相手方辰男は二、〇〇〇円宛支払わなければならない。よつて昭和三九年一〇月二三日同年(家)第三〇一六号事件について当裁判所がなした前記扶養の審判を変更することとし、主文のように審判する。

(家事審判官 伊藤正彦)

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